【気の遠くなるような職人の技】
【気の遠くなるような職人の技】
宮古上布(みやこじょうふ)の歴史は約400年前の天正年間(1573~1592年)と伝えられています。しかしその起源については資料はなく、正確なことは分かっていませんが、文献と言い伝えによって断片的にそのように推察されています。
天正11年(1583年)頃、当時の宮古島の洲鎌与人の職にあった下地真栄が沖縄本島からの帰途、逆風に流されて中国に漂着してしまいました。そこへ琉球進貢船が回航してきたので、それに便乗して島に戻ろうとしました。
しかしその途中に暴風に巻き込まれた為に船の舵にロープが巻き付いてしまい、転覆しそうになりました。それを下地真栄が危険を顧みずに荒海に飛び込み、舵のロープを取り除きました。
その船に同乗していた進貢使は尚永王にその勇気と壮挙を伝えたところ、王はその功績を讃え、下地真栄を宮古の間切頭役に取り立てました。
下地真栄の妻・稲石(いないし)はそれに感激し、その恩に報いる為に工夫をこらして綾錆布(あやさびふ)を織り上げ、王に献上しました。それが紺上布で、現在の宮古上布の始めと言われています。
宮古上布は白上布と原料の糸づくり、織り手に分かれて、島の女性の織り手によって厳重な監視のもとに分業生産されていました。
ミスがあると厳しく処罰されましたので、島の女性の織り手たちは命がけで織っていました。今日の宮古上布の美が残されているのは、そのような歴史があったからなのです。
宮古上布は先染めされた絣糸を経糸と緯糸に使います。この糸を図案に従って白い十字になるように織り、模様を出していきます。
ところが織っていると縦の絣と横の絣がずれて来ますので、7~8㎝織るごとに一本一本調整する必要があります。とても手間がかかる上に糸が切れないように注意しなければいけませんので、とても時間がかかり、熟練した職人でも1日20㎝ほどしか織ることが出来ません。慣れない人だと完成までに1年以上かかってしまいます。
伝統的工芸品、重要無形文化財にも指定されています。
宮古伝統工芸品研究センターでは、染色から織り上げるまでの工程や作品も見ることが出来ます。
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